Biography

参考にしたものを書いておきます。

PitchforkのJørgen Munkebyへのメールインタビュー(2005年)>>> Link
ProgArchives.comのバイオグラフィー >>>Link
日本盤「In The Kingdom Of Kitsch You Will Be A Monster」のライナーノーツ

飛んでいる部分やそれぞれのメンバーについてなどは問い合わせ中なので後に追記予定。

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Shiningが結成されたのはMunkebyがオスロの音大に入学し、オスロに移った頃で、一緒に演奏するバンドが欲しいなと思っていた1999年のことだった。全ては偶然の出来事であった。ギグをブッキングし、どうしてもバンドが早急に必要だったのだが、誰も知らなかったので、学校をぶらぶらしてメンバーを探していた。お互いに知りもしなかったのに、同じクラスのピアノプレーヤーを選び、ナイスな服きてるから(ジャズ狂のようには見えなかったから)ということでベースプレーヤーを選ぶ。ドラマーを選んだのは、だれもが彼はとてもいいよと言ったから。しかし、そのドラマーがジャズではなく、ポップミュージックばかりを演奏していたということを知ったのは1年以上もたってからのことだった。最初のライブは図書館で行われた。ノルウェイの有名な詩人たちの彼ら自身の成長の物語のあいだにいくつかのナイスなジャズを演奏するつもりだった。しかし、お互い一緒に演奏することが楽しくてしかたがなく、聴衆の耳をぶっとばしてしまうことになった。その後その場所で演奏することはなかった。

Shiningの結成にあたって特別な理由というものや計画はなく、しかし、Munkebyは自分のように様々な違った音楽に親しんでいて、ジャズイディオムのリミットにとらわれることのない人たちを必要としているということは漠然と意識していた。

そうして集まった4人は2001年にbpよりファーストアルバム”Where The Ragged People Go” をリリースする。このファーストアルバムは、アコースティック編成のジャズで、しかしオーソドックスなジャズという範疇には収まらない部分ももちろん見られるものであった。

それぞれのメンバーが様々なバンドに在籍していたり、他の演奏家と共演を続けていたが、2002年に発売されたJaga Jazzistのアルバム”The Stix”をもってMunkebyとキーボードプレーヤーのMorten QvenildはJaga Jazistを離れる。2003年に中国に招かれてツアーを行い、その後、同じ年に2枚目のアルバム、”Sweet Shanghai Devil”をJazzland Records (Jazzland Acoustic)よりリリース。このアルバムも前作と同じくアコースティックな編成でのジャズミュージックではあったが、より自由な、フリーキーに感じられる部分も増えていた。

この後、3作目のアルバムが発売されるまでに2年あった。その間に、Munkebyは2005年のインタビューで「最近の一番大きな影響はMotorpsycho」と語っているそのMotorpsychoとFishtankシリーズという違うバンド2組が一緒に1枚のアルバムを作るというプロジェクトにJaga Jazzist Honesの1員として参加する。このアルバムは2002年にオランダで収録されたもので、MotorpsychoがJaga Honesを伴って短いフェスティバルツアーをしている間に2日間で録音されたもの。MunkebyとMPメンバーの共作曲もおさめられている。このときのことについて、「彼は天才だよ!」とMunkebyについてMPのメンバーは語っていた。2003年にこれもリリースされている。

そして2005年にレーベルもRune Grammofonに移り、3枚目のアルバム”In The Kingdom Of Kitsch You Will Be A Monster”をリリース。ロックテイストが強くなり、激しく、さらにヴァリエーションも増えたそのサウンドに、前の2枚を聞いていた人たちは驚きをかくせなかっただろうし、またこのアルバムからShiningの名前は広く知られることとなる。このアルバムは、国外でも取り上げられ、ノルウェイ以外でのライブも増えてゆくことになった。このアルバムはボンバ・レコードより日本盤がリリースされている (BOM24034)。

こういったサウンドになった要因の一つには、Munkebyがもともとデスメタルやヘヴィメタルも聞いていたということもあげられるであろう。さらにはMotorpsychoとの共演で好きなことをすきなようにやればいいんだとより感じたりもしたのではないだろうか。なにはともあれ、人々をあっと言わせるアルバムをひっさげて帰って来たのだ。さらにはプロデューサーKâre Vestrheimとの出会いもなくてはならないものであっただろう。バンドのメンバーたちと同じように学校でジャズと音楽のセオリーを学び、1日何時間もジャズにクラシック、コンテンポラリーミュージックを演奏するための練習を何年も続けて来た彼は、Munkebyいわく「同じ言語とレパートリーを持っている」。要するに、全面的に信頼のおけるプロデューサーであるということだ。このことは、バンドのメンバーの間でも重要なことで、気に入った本や音楽や映画なんかがあるとお互いに教え合ったりしてさまざまなことを共有しているとインタビューで語っている。

キーボードプレーヤーとベーシストが代わり、さらに進化した形のShiningをみせたのが2007年にリリースされた”Grindstone”。Motorpsychoの1994年リリースのアルバムにおさめられていた非常にヘヴィな曲のタイトルがアルバムタイトルとしてつけられていて、このあたりにもその影響が見え隠れする。とにもかくにも、前作よりもさらに激しくなったようにも思われるこのアルバム、もはや、ジャンルという言葉ではくくることもできず、安易にミクスチャーロックなどというそんな次元でもなく、もはやShining musicとしか言えない領域をひたすら突き進んでいるように思える。残念ながらこのアルバムの日本盤はないのではあるが、ついにたった1晩限りのライブとはいえ、日本でその姿を見せることとなった。2008年10月6日、東京の南青山・月見ル君想フにて。こういうことはめったにないことだとは思うが、来日前からわざわざ専属のサウンドエンジニアが同行すると明記されていた。こういったあたりのバンドのこだわりは、オフィシャルサイトのPress & Bookingのページのトップ!に「Technical Rider」としてライブ演奏時に最低限必要な機材のリストと注意をPDFファイルで置いているあたりにも伺える…。

とにもかくにも、そんな音楽的にきっちりと教育を受けてきて、何年もの間、1日に何時間も(Munkebyは毎日、1日10時間くらい練習していたと語っている)楽器の練習をしたり、作曲の訓練を受けて来た若者たちが、限界や既成概念を気にすることなく自分たちの思うままに、しかしおそらくは非常に細かいところまで考え抜かれてもいるであろう、容易に真似など出来はしないであろう、そんな音楽を送り出しているバンドが、Shiningである。

November 2008


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